替え歌という鏡に世相を映してご覧に入れまする。           (各記事の“♪”をクリックして下さいね。)
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福井日銀総裁任期満了③

ご後任がまーだ決まってませんが、とりあえず福井さん、5年間お疲れ様でした♪
***



♪社長の一番長い日♪

まさるちゃんは当預に目標を変えた時
米国はブッシュの就任の後で

次の社長はITバブルとデフレ・ショックが
白熱した頃に 政策の現状を知った

それから社長は 経済の本と秘書と
首っぴきで
実に一週間も経たず

政策のために いきなり臨時で会合を持ち
追加的緩和を仕切り出した

上乗せ もう5兆 企画は自画自賛
素早い施策だと はしゃぎ廻るけれど
僕にはひいき目に見ても めちゃくちゃの失敗政策
やがて日本を訪れる 不幸に胸を痛めた mm…
社員として mm…

政策の変わった頃の日本は
お世辞にも マトモな状態でなかったが

暗闇の中で 何かをきっかけに
灯りが見えることがある
そんな出来事だったろう

量増やす金利に勝る 緩和策とやら
そんな訳で政策は ほんのかけらも
みじめな思いをせずに進められた
ただ早く社長がやめたいのを除けば

当預残 30兆 企画は狂喜乱舞
安いロンバート 使ってか 使われてか
下限割れの断りを 足元ふらふら足してゆく
一行のまた書きが 今も胸に残ってる mm…
社員として mm…

我が社の血筋か 政策の地均しは得意で
金融市場のミラーの後追いで

もっとも社長のアドリブのすごさに
市場が反応をして
随分危ぶまれてはいたが

これも我が社の血筋か かなりの演技派で
専門誌でもちゃんと 褒めてもらった
社長の喜びは 言うまでもない
たとえその訳が 世界最悪の総裁の後であったにしても

政策 紆余曲折 企画は無我夢中
緩和期を過ぎて オペ期間を縮め
引き締めに入れば 多少金利らしくなるかも知れぬと
議員の淡い期待 あっさり裏切られてがっかり mm…
社員として mm…

政策の地均しは2005年の秋
財政と金融の背反は よくあるケース
結局言い出せる筈もなく
枯葉の如く散った これもまたよくあるパターン

タカ派のひとりもいないとは情けないと
社長はいつも笑いとばしてはいたが
時折吠える水野を 一番気にしていたのは
当の社長自身だったろう

危険な水準と 企画は疑心暗鬼
些細な政策の期待に揺れていた
今は我が社の 一番お気楽なひととき も少し
このままいさせてと 祈っていたのでしょう mm…
オペ企として mm…


或る日ひとりの記者が 我が社に来て
“利上げすると言って下さい”と言った
社長は言葉を失い 頬染めうつむいた
いつの間にプラスになった物価をみつめた

いくつもの思い出が 社長の中をよぎり
だからついあんな大声を出させた
初めて見る社長の狼狽 政策の大まかな予断
先物の買いが止まった

とりなす敏郎に とりつく島も与えず
声を震わせて 社長はかぶりを振った
けれど政策の真実を見た時
目を閉じ 深く息をして
小さな声で…

“わかった物価は上がっている
それだから一度でいい
底這っている金利を 金利を上げさせろ”と
言った mm…
社長として mm…

政策を選んだ結果に間違いはないと
信じていたのも やはり社長だった
8人の委員は確かに物価を見極め
円卓の席にゆるやかに着いた

無担保コールが 0.25に
導かれる時 僕は社長を見ていた
まぎれもない 総裁の笑顔の言葉を
僕は一生忘れないだろう

難題をかかえて ●●が続く
予断でかすんだ目の中に僕は
今までで 一番きわどい政策と
一番立派な社長の姿を 刻み込もうとしていた mm…
社員として mm…
バンカーとして


(原曲「親父の一番長い日」 作詞・作曲・唄:さだまさし)
***

●●は決まり次第ということで…。
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by xxxmitaina | 2008-03-19 00:01 | 日銀 | Comments(0)
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